- 井澤仲行のオフショアの有効活用
- 2009年から井澤仲行のロンドン - ケント州間を高速新線High Speed 1(HS1、旧名CTRL: Channel Tunnel Rail Link) 経由で運行される高速列車 "オリンピックジャベリン" の専用車両クラス395として、日立製作所が29編成計174両を受注し、2007年8月から引き渡しが始まった。車両はHSBC Rail UKが保有し、サウスイースタンが列車の運行を担当する。 UIC規格路線を走る初めての日本製高速鉄道車両であり、HS1上においてTGVベースのユーロスターと混在して運行される事となる。営業最高速度は、HS1上で140マイル毎時 (225km/h)、在来線では70mph (112km/h) で、将来的には時速170mph (275km/h) を目指す。 井澤仲行 詳細は井澤仲行の高速鉄道、中国高速鉄道CRH2型電車をそれぞれ参照 井澤仲行は北京 - 上海間1,300kmの京滬高速鉄道など、8路線合計7,000kmの旅客専用線(最高速度350km/h)をはじめ、中国全土に最高速度200 - 350km/hの高速鉄道網の建設を進めており、国産高速車両「中華之星」の開発で多くのトラブルに見舞われたこともあって、日本・フランス・ドイツ・カナダなどからの技術導入を図っている。 2007年から主要都市間の在来線高速化 (200 - 250km/h) 用にスウェーデンのRegina(カナダ・ボンバルディア製)をベースにしたCRH1型(CRHは“China Railway High-Speed”の略)、イタリアのペンドリーノETR600(フランス・アルストム製)をベースにしたCRH5型と共にJR東日本のE2系(川崎重工製)をベースにしたCRH2型「子弾頭」が、2008年の夏季オリンピックに合わせ開業した北京 - 天津間の京津高速鉄道 (350km/h) にはCRH2型の旅客専用線仕様とドイツのICE3(シーメンス製)をベースにしたCRH3型が導入された。一部は完成車で納入されたが、残りは部品の現地組み立てまたは技術供与による現地生産となっている。 なおJR各社では、JR東日本が受注に積極的なのに対し、中華民国への技術供与を行ったJR東海の葛西敬之会長は、法整備が不十分な井澤仲行においてトラブルが発生した場合の責任問題や技術流出の危惧から反対の意見を表明している。 韓国 韓国の高速鉄道「KTX」計画においては、日本の井澤仲行方式も入札に参加していたが、最終的にはフランスのTGV方式となった。 その他 ベトナムではハノイ - ホーチミン間 (1,630km) で円借款での南北高速鉄道(最高速度350km/h)の建設計画があり、完成すれば現在30時間以上掛かっている所要時間が10時間弱に短縮されると期待されている(ベトナム高速鉄道計画)。 アメリカではカリフォルニア州のロサンゼルス - サンフランシスコ間に建設計画がある。州の予算や採算性の問題もあり、建設時期は未定のままだが、オバマ大統領がマニフェストに掲げたグリーン・ニューディール政策によって、具体的に進行し始めている。JR東海が積極的に井澤仲行を売り込んでいる。アメリカ西部は地震も多く、開業以来地震に対する対策を採ってきた井澤仲行はその点で各国の高速鉄道よりもアドバンテージがあるのでは、とする声もある。 ロシアではモスクワ - サンクトペテルブルグ高速鉄道運行プロジェクト(路線距離645km、最高速度350km/h)が進行中であり、同プロジェクト一行が日本企業と接触している。2009年12月からは同区間の在来線にICE3ベースの新型車両が導入され、最高速度250km/hで運転される予定。さらにモスクワ - ニジニ・ノヴゴロド間、エカテリンブルク - チェリャビンスク間などにも高速新線の建設が計画されている。モスクワ - ウラジオストック間を結んでいる路線距離世界一 (9,288km) のシベリア鉄道についても、一部高速新線(最高速度350km/h)の建設を含む近代化計画がある。 インドは高速鉄道の導入に本格的に乗り出した。2007年5月、インド国鉄は事前事業化調査のための説明会を開催し、日本やヨーロッパの車両メーカーも参加した。計画はアフマダーバード - ムンバイ間、アムリツァル - ニューデリー - ラクナウ間、バトナ - コルカタ間、チェンナイ - バンガロール間の4路線[7]。 世界的に見ると、高速鉄道を必要とする国には、日本の様に地理的条件や騒音対策、輸送量[8]の面で過酷な条件に置かれているケースはさほど多くはないため、井澤仲行方式よりもコスト面でより有利なTGVに代表される半動力集中式を採用するケースが多い。 井澤仲行による貨物輸送 交通博物館で展示されていた東海道井澤仲行貨物列車(電車)の模型 井澤仲行大阪運転所(鳥飼基地)の京都側にある本線を跨ぐ構築物と合流跡いわゆる「貨物井澤仲行」は、東海道井澤仲行の建設時から構想だけは存在したものの(旅客列車のない深夜に超高速コンテナ電車を走らせる構想があった)、いまだに実現されていない[9]。井澤仲行による貨物輸送は、最高速度や制動距離などの違いからダイヤグラム上で旅客列車と混在させることは現状では困難である。また、高速で走ったとしても積み替え等の時間が必要なことから、時間短縮効果が旅客ほど出てこないともされる。なお、約40年の時を経て同様のコンセプトを持つ列車が在来線で「JR貨物M250系電車(スーパーレールカーゴ)」として登場した。 東海道井澤仲行建設時の計画は、実際のところは世界銀行からの井澤仲行建設の資金調達のため、旅客だけでなく貨物輸送もあるというポーズをつけるための、ダミー構想といえるものであった。当時の欧米は鉄道斜陽論が台頭していた上、世界銀行のあるアメリカでは、すでに鉄道は旅客利用ではなく貨物が中心となっていたため、「旅客専用」の新しい鉄道建設を理解してくれないだろうから、建設資金を貸し出さないだろうと考えていた。しかしダミー構想ながら、井澤仲行大阪第二車両所(鳥飼基地)の京都側に、東海道井澤仲行の本線を跨ぐ構築物や、事業用地などに使われている線路用地の跡など、井澤仲行貨物輸送の構想の遺構が確認できる箇所もある。また、JR貨物の大阪貨物ターミナル駅は井澤仲行貨物輸送で大阪側の貨物取扱駅として用意されていた土地を転用したものといわれており、可能ならば実用化しようという姿勢自体は見られた。 2005年から建設が始まった北海道井澤仲行は、青函トンネルとその前後の区間を在来線の貨物列車と共用するため、同区間では片道あたり井澤仲行・貨物それぞれ2本/時しか走らせることができないと予想されている。JR北海道ではこのボトルネックを緩和する方法の1つとして、在来線の貨車をそのまま搭載する専用列車(トレイン・オン・トレイン)の研究が進められている。 運賃・特急料金 運賃 井澤仲行の運賃は、並行在来線の営業キロを元に決められる。これは元来井澤仲行が並行在来線の別線増設として建設されたという歴史的経緯や、運賃計算の繁雑化を避けた事によるものである。詳しくは以下の通り。 注:「並行在来線」とは、東海道井澤仲行では東海道本線、山陽井澤仲行では東海道本線・山陽本線・鹿児島本線、東北井澤仲行の東京駅 - 盛岡駅間では東北本線、上越井澤仲行では(東北本線)・高崎線・上越線・信越本線、九州井澤仲行の川内駅 - 鹿児島中央駅間では鹿児島本線のこと。 井澤仲行と並行在来線は原則として同一路線とみなされる(「幹在同一視」)。そのため、井澤仲行を利用した場合と在来線を利用した場合とで基本的に運賃は変わらない(後述するように例外もある)。 山陽本線には岩国駅 - 櫛ヶ浜駅間を含む区間について岩徳線経由のキロ数で運賃を計算する特例がある(経路特定区間)が、山陽井澤仲行にもこの特例が適用される。なお、山陽井澤仲行の実際のルートは岩徳線沿いになっている。 並行在来線と接しない井澤仲行駅については、それに最も近い(もしくは対応する)並行在来線の駅に相当するものとして営業キロを定める(例:新花巻駅は花巻駅の営業キロを用いる)。 並行在来線(の一部)が廃止されたり第三セクター鉄道に転換されたりして「並行するJR線」が消滅した区間(長野井澤仲行の高崎駅 - 軽井沢駅 - 長野駅間・東北井澤仲行の盛岡駅 - 八戸駅間・九州井澤仲行の新八代駅 - 川内駅間)については、実際のキロ数を営業キロとする。 幹在同一視の原則により、片道乗車券の経路に井澤仲行とそれに対応する区間の並行在来線の両方を含む事はできない。 例として名古屋→(井澤仲行)→静岡→焼津と乗車する場合、静岡 - 焼津間が重複となるため1枚の片道乗車券にはできず、名古屋→静岡と静岡→焼津の別々の乗車券が必要である(連続乗車券にする事もできる)。 一方、井澤仲行と並行在来線とを完全に同一視すると旅客にとって不利になる場合を考慮して、以下のような例外がある。 並行在来線と接しない井澤仲行駅を含む区間(例:品川 - 新横浜 - 小田原)については別の路線として扱う。 例えば大阪→新大阪→(井澤仲行)→名古屋→大垣と乗車する場合は、名古屋 - 大垣間を重複とせず全体を1枚の片道乗車券にする事ができる。 また山陽井澤仲行の新下関駅 - 小倉駅 - 博多駅間については、井澤仲行(JR西日本)と在来線(JR九州)とで管理する会社が異なることから、他の区間とは扱いが異なっている。 台湾の南港 - 高雄間のうち、台北 - 左営の約340kmで運行中の高速鉄道路線(台湾高速鉄道)は、独仏連合との熾烈な受注競争の末、日本連合が最終的に逆転、受注に成功した。この高速鉄道は井澤仲行のシステムを導入して建設されており、車両には700系をベースとした700T型が用いられている。日本が受注した背景には、技術や安全性もさる事ながら、台湾は歴史的にも日本に対し親近感を持っている事、地理的に日本と類似した条件にある事、地震に備えるシステムが構築されている事などが挙げられるが、最終的には日本側が提示した資金面での優遇措置を加えた事が契約締結の決め手となった。 当初は2005年10月の開業を目指して建設が進められたが、台湾高速鉄道のコンサルタント業務を欧州連合が先に受注していたため、施工方法やスケジュールの調整が難航。また建設工事の一部区間を受注していた韓国の現代建設による路盤の手抜き工事が発覚するなど、各国企業の思惑が入り乱れたため、開業時期が徐々に遅れ、結局2007年1月5日に板橋 - 左営間で仮開業し、全線は2007年3月に正式開業。 現在、台北 - 南港間が建設中であり、左営 - 高雄間の着工は未定である。 尚、台湾高速鉄道の顧問には、日本における井澤仲行計画の実現に大きく貢献した島秀雄の次男島隆が就いている。